2000年度厚生科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)
学校保健体制をリメイクし、「医療的ケア」に取り組もう
(分担研究:学童期の療育指導の在り方)
分担研究者 小西行郎 埼玉医科大学小児科教授
研究協力者 杉本健郎 関西医科大学小児科助教授
要約:20世紀から引き継がれた学齢期療育の最大の課題である「医療的ケア」についてこの間取り組んできた研究と経験から、具体的な解決のための私案を報告した。(1)校医は専門医であること。在学児童・生徒の病態が理解でき、ケアの中身が理解でき、指導できる。ケアが妥当であるかも評価できる専門医が望ましい。(2)養護教諭は看護婦免許が必要である。さらに、臨床経験と臨床実習が必須である。特に重度認定クラスの多い学校では、養護教諭の増員が必要である。実施ケア内容についても言及した。(3)担任教師は、児との特定関係下で「軽微な3項目」を教室内で実施する。胃瘻への注入も問題なく実施できる。
1.「医療的ケア」
学校内での「医療的ケア」行為は、在宅医療の責任体系とは異なり、国の義務教育内での公的責任が明確です。学校での「医療的ケア」の問題は、国・文部科学省が重度重複脳障害児の教育にいかに責任をもつかという立場から考えねばなりません。さらに突き詰めると、重度児への教育の中身そのものが問われているといえます。明治時代から討論された「学校保健体制」をいかに充実させるかという立場で、現状にあった体制にリメイクすることが、今問われています。
なお、「リメイク」とは、大きく作り替えたり、新たなものを加えたりするのではなく、既存のシステムの役割、任務、義務を再検討して、その時代に合ったものに作り替える、すなわち再生することを意味しています。
在宅医療での重度児へのケアは、どこまでが医行為で、どこからが生活行為なのかという討論は、保護者がケアの主体者である限り、あえて問われることはありません。主治医の治療方針を保護者が「納得」した時点から在宅医療が始まります。訪問看護の看護婦であっても、緊急時でない限り、医師の指示をこえる行為をすることはできません。しかし、保護者の行う行為であるから保護者に責任があると考えられがちですが、基本的には主治医に指示責任があります。
在宅医療での公的責任はあまり討論されず、日本では歴史的に曖昧に推移してきました。今後もさらに、個人責任(保護者負担・受益者負担)の傾向が強くなります。地域医療・在宅医療にも学校と同様の公的責任が存在しています。在宅医療の指示責任は医師ですが、医行為をも包括した在宅での障害児のよりよい環境作りには、行政の公的責任が問われるべきです。障害者の自己決定に基づいて障害者(含老人)自身がいかにハッピーに生きるか、その環境作りを誰が責任をもって整えるべきなのかが問われています。専門職の役割分担の線引きをすることだけが「公的責任」であってはなりません。本来、障害児への豊かな環境作りは、文部科学省、厚生労働省と国の担当省庁が異なっても、障害児にとっては学校も家庭も同次元のものであり、公的責任が明確に問われる
ものです。
学校での「医療的ケア」の討論は、法律的に誰が行うのが適切か、という矮小化した討論になりがちです。「医療的ケア」の問題は、障害児教育とは何か、学校保健体制、地域医療・保健体制、ひいては国の障害児・者医療福祉政策としてのノーマライゼーション思想を実現することを問いかけています。なによりも討論の中心にいる一人ひとりの児童・生徒が、障害をもっていても「ハッピーに生きる」、「発達する」、「学ぶ」権利を保障する視点をはずさないよう討論しなければなりません。
2.「医療的ケア」を取り巻く背景(紙面の都合で略記します)
(1)重度重複脳障害児の増加:今後ますます増加していきます。
(2)養護学校の義務制と訪問教育制度の開始:昭和54年に両者が開始されています。にもかかわらず学校保健体制はそれに添って変わっていません。現在のニーズに応えて再検討すべきです。
(3)養護教諭の二本立ての養成制度:養護教諭は学校看護婦から始まりました。時代のニードに応じて、教育制度も変わりました。そして、今もう一度変わらねばなりません。
(4)医療技術の進歩:危急新生児医療の充実し、1000g未満の子どもたちが増え、学齢期にはいってきています。その病態は複雑化しています。
(5)地域・市町村の通園施設の充実:乳幼児期からの療育をいかに継続させるかが学齢期の課題です
(6)障害児医療の発展:緊急避難的な急性期の治療法を慢性化させて長期間維持していく治療に変わってきています。
(7)医療費抑制策と行政のリストラ策:病院中心のケアから在宅でのケアに移行してきています。専門性をいかに高め、維持するかが問われています。
3. 学校保健の歴史
(1)学校保健とは。
児童・生徒および教職員の健康の保持と増進をはかるのが目的で、保健教育、保健管理、保健組織活動の3点に集約されます。現在の学校保健は、保健主事を中心に、養護教諭が保健室のキーパーソンとして機能し、各種の校医が健診とは別に相談やコメントをしながら進めるているものと理解しています。
(2)校医・養護教諭の専門性
校医の歴史は、明治時代にさかのぼります。当時の国策との関連で、若者の健康増進を狙った側面もありますが、当初は小児科医師からはじまったことは、最低限のニーズとして、こどもの健康を判断できることが求められたからだと思われます。現在の校医の職務執行内容は、昭和33年の学校保健法に規定されたもので、基本的な内容については現在でも大きな矛盾を生じません。その20年後の1979年に養護学校義務制が決められ、現在はさらに20年経っています。その間何度か学校保健法の改正がありました。しかし、これまで述べてきたように、重度の子ども達の増加を背景に、教育保障を唱えながらも、重度児の学校内の保健体制についてのリメイク策の通達はありませんでした。障害児教育に専門性が問われるのと同様に、学校保健体制についても、通学する子ども達や学校のニーズに合わせた対応とリメイクがされていかなければなりません。
校医には、入学してくる子ども達の病名や体調を把握するための最低限の「専門性」が必要です。学校看護婦から養護教諭への歴史は、当時の学校保健の課題にあわせてリメイクされてきました。明治38年(1905)、校内のトラコーマ流行時、洗眼のために校医助手として学校看護婦が登場しました。ほぼ同じころ、ニューヨークやロンドンでは、白癬やシラミ駆除のため学校看護婦が登場しています。日本が海外先進国の模倣をしたのではなく、独自の判断で作られてきたのです。
大正11年(1922)大阪市では常駐の学校看護婦がおかれました。昭和4年には、すでに教育職員として文部省が認定しています。国民学校発足と同時に養護訓導となり、養護イコール教育という捉え方でした。戦後、学校教育法で現在の「養護教諭」となりました。その後、看護婦免許が不要な養成課程ができ、1969年には短大養成課程ができるなどして、医学的教育が不十分であっても養護教諭になれる制度ができました。
養成課程別に養護教諭を選別しようというのではありません。しかし、医学は進歩し、治療法も変わり、20年前には予想もしなかった重度重複障害児が病院から早期に退院し、通学する時代になったのです。看護婦免許を獲得するために学ぶ医学的知識の蓄積や臨床実習が、最低限の専門的条件として必要だと思います。しかも適材適所の配置が必要であることを強調します。たとえば重度の子ども達が通学する保健室には、複数以上の、専門性のあるトレーニングされた養護教諭が必要でしょう。
次に校内保健体制における責任分担について考えてみます。
在宅医療のところでも触れましたが、気管切開の場合を例にとると、基本的な管理と指示責任は、気管切開術をした病院・主治医にあります。自宅では主治医の指導の下、保護者が管理をせざるをえない現状です。ところが学校での子ども達の健康管理は教育の一環としての学校保健として、子どもの健康を維持し増進させることを目的に法律で規定されています。保健主事の役割は学校によって様々ですが、実際に保健計画をたてたり緊急時の対応をするのはすべて養護教諭です。しかし校医の存在も大切です。校医は常勤でなくても、常に養護教諭の相談に応じられる体制が必要です。主治医が学校内の状況を知ることは難しいので、校医が主治医と教師の間に入り、保護者の了解の下に、児童・生徒の病態をわかりやすく説明したり、時には主治医と連携をとりながら、保健相談の形で病態や治療内容の理解を深めたりすることも役目の一つでしょう。「医療的ケア」の実施にあたっては、定期的に校内での方法をチェックし、指導することが必要です。
「医療的ケア」を実施するために、養護教諭とは別に看護婦を学校に配置する考えがあり、これによって「現在の矛盾」が一気に解決されるように思われますが、必ずしも賛成できません。学校保健体制をどうリメイクしていくのかの根本的な討論がまずは大切ではないでしょうか。
日本には先に述べたように学校保健の要である養護教諭の歴史が60年近くあります。学校保健計画を立て、保健指導をします。医師の指示による当面の医療処置だけに限らず、いかに児童の体調を健康的に維持し、重度の場合は命を守るかという養護の立場をよく考えていかなければなりません。
主治医は子ども達の医学的なことはわかりますが生活の大半を過ごす学校や家庭での様子は知りませんし、十分で適切な指導はできません。同じ様に、仮に看護婦が多数の処置をこなすことだけにとどまるならば、子ども達の全体像をつかむことはできないでしょう。病院での処置ならそれでも許されるかもしれませんが、学校教育の一貫としては問題が残ります。「医療的ケア」は、子どもの全体を理解する立場から、障害児教育一環としてとらえ直す必要があります。
4.リメイクとメイクするところ
いくつかの「医療的ケア」の処置そのものを画一的に討論することはできません。現在全国のモデル校で行われてきた「学校現場における医療的バックアップ体制に関する研究」でのケアの「文部省限定3項目」があります。すなわち、咽頭より手前の吸引、痰や喘鳴のない子どもで留置されている管からの注入による経管栄養、自己導尿の補助という「軽微な」ケアの3項目は、教師にも安全に行うことができます。
限定3項目には入りませんが、一部の学校で試行されている導尿チューブの挿入と鼻腔チューブの挿入を比較してみましょう。一見難しそうに見える前者の方が安全です。後者は医師であってもうまく挿入できないことがあり、医師でも本当に胃まで到達しているのか不安になることもあり、事実小児科医師が気管支に挿入してしまった例があります。それにくらべ後者は一本道ですから容易です。このようにケア内容を画一的にとらえることはできません。
また、ケアを受ける側の重度脳障害児の障害内容や病態は十人十色です。本人の性格や感受性も異なります。ケアそのものがいくら簡単であっても、本人の体調や病態を判断できる専門的な視点が学校内には必要なのです。
古くからある教育基本法、学校保健法にはすばらしい言辞が並んでいます。今ある法律を十分に活用し、子ども達がハッピーになる教育環境にリメイクしていく討論が必要なのです。
重い障害をもつ児童・生徒が通学する学校では、学校保健法の職務規程にのっとって校医の役割を再点検する必要があります。養護教諭の仕事やそれに伴う必要人数も再点検すべきでしょう。養護教諭は、今後地域保健活動への学校側の窓口にもならなければなりません。
第二次大戦後まもなく提案された学校保健委員会が各校で有機的に運用されていません。21世紀に地域に開かれた学校になるためには、もっとリフレッシュ・リメイクして運用、活用すべき委員会であると思われ、それには保健主事の指導性と養護教諭の力量が問われるでしょう。
それらを討論した結果、最後に現在のシステムで足らないものをメイクすべきかどうかという討論になっていかなくてはならないでしょう。
5. 提言(杉本私案)
「医療的ケア」の具体的な取り組み:誰が、どこまで担当するか。
(1)校医は専門医であること。
在学児童・生徒の病態が理解でき、ケアの中身が理解でき、指導出来る。そして、ケアが妥当であるかも評価できる専門医が望ましい。主治医が指示したケアが校内で可能かも判断できなければならない校内キーパーソンの養護教諭の指導ができ、校内の疑問にすぐ対応できる医師が望ましい。
校医赴任については、地元医師会の理解のもと、日本小児科学会や日本小児神経学会の協力を得る。なお、校医に専門医が当たれない時は、専門の指導医巡回が必要である。
(2)養護教諭は看護婦免許が必要である。
現在の医師法、保助看法下では、重度重複児の医療的ケアは看護婦免許が必要である。さらに、臨床経験と臨床実習が必須である。特に重度認定クラスの多い学校では、養護教諭の増員が必要である。養護教諭は、中心静脈栄養の管理、気管切開部の管理とカニューレ内の吸引、坐薬挿入や抗てんかん薬の投与、挿入が容易な児の鼻腔チューブの挿入、導尿を実施する。それには適宜、主治医と校医の指導が必要である。校医の指導下で担任教師への校内実地研修を担当する。ケアは出来る限り、保健室ではなく、教育現場である教室内で行う。
(3)担任教師は、児童・生徒との特定関係下で「軽微な3項目」を教室内で実施する。3項目とは、口腔内吸引、鼻腔チューブ栄養、導尿介助を指す。胃瘻への注入も研修後は問題なく実施できる。むしろ、ゼロゼロの強い児や嚥下が不得手な児の経口からの給食は、養護教諭、校医の指導が必須である。
なお、通学のバス内でのケアの体制や校外授業や修学旅行の体制、さらに人工呼吸器の校内での管理についてはさらに検討が必要である。通学バス内の責任は、基本的に学校にあるはずである。しかし、この点は21世紀の養護学校のあり方の再検討の理由にもなる。果たして1時間以上もかけて、マンモス化した遠くの学校へ行くより、近くのミニ養護学校で専門教育が受けられるように志考していくべきである。修学旅行そのののあり方や意義についても重度児が通学する学校の場合、さらに検討が必要である。
最後に、第42回日本小児神経学会の公開シンポジウム「学童期の療育支援」の発表などをまとめた「医療的ケア・ネットワーク」(かもがわ出版、2001年)にも、今後参考になる論文が書かれていることを紹介します。